今の日本株は「バブル」の再来か?
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導入
2024年2月、日経平均株価は実に34年ぶりに史上最高値を更新し、市場は40,000円台という新たな領域へと足を踏み入れました。この歴史的な出来事は、多くの投資家にとって喜ばしいニュースであると同時に、一つの大きな問いを投げかけています。
「現在のこの株価上昇は、1980年代後半のような実態のない『バブル』の再来ではないのか?」
あの時代、株価も地価も「決して下がらない」という神話のもと、常軌を逸した高騰を見せました。そして、その崩壊が「失われた30年」と呼ばれる長い経済停滞の始まりとなったことを、私たちは知っています。
本記事では、この根源的な問いに答えるため、1990年の「バブルの頂点」と「現代の市場」が、いったい何が同じで、何が決定的に違うのかを、以下の3つの側面から徹底的に比較分析します。
- マクロ経済環境(金融政策と経済成長)
- 株価評価の「質」(バリュエーション)
- 市場を支える要因(企業統治や金融システム)
この比較を通じて、現代の日本市場が持つ本当の強さと、直面するリスクを探っていきましょう。
バブル経済の解剖:1990年の市場は何が異常だったのか
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まず、比較の基準点として、1980年代後半のバブル経済がどのようにして生まれ、どれほど異常だったのかを振り返ります。
すべての始まりは、1985年の「プラザ合意」でした。米国の貿易赤字を是正するために行われたこの国際合意により、急激な「円高」が進行します。日本の輸出産業は深刻な「円高不況」に見舞われました。
この不況に対応するため、日本銀行は強力な金融緩和策を打ち出します。公定歩合(当時の政策金利)は史上最低の2.5%まで引き下げられました。この政策によって市場に溢れた、コストの安い潤沢な資金(過剰流動性)は、しかし、不況に喘ぐ設備投資のような実体経済には向かいませんでした。その資金が向かった先こそが、株式と不動産だったのです。
そこから、「資産価格スパイラル」と呼ばれる投機的なループが形成されました。
- 市場に溢れた資金が不動産や株式に流入し、価格が上昇します。
- 資産価格が上がると、その土地や株の「担保価値」も上がります。
- 銀行は、上がった担保価値を元手に、さらに多額の融資を実行します。
- そのお金が、再び不動産や株式に流れ込む…。
この「上がるから買う、買うから上がる」という熱狂の連鎖は、特に土地価格に顕著に表れました。「東京都の山手線内側の土地価格でアメリカ全土が買える」とまで言われたのは、まさにこの時代の話です。銀行は、借り手の返済能力(キャッシュフロー)ではなく、上がり続ける土地の担保価値だけを見て融資を拡大し、このバブルを未曾有の規模まで膨張させました。
では、当時の株価はどれほど実態と乖離していたのでしょうか。 それを最も明確に示す指標が「PER(株価収益率)」です。これは「株価が会社の利益の何倍か」を示す数値で、低いほど割安とされますが、1989年末のピーク時、東証一部上場企業の平均PERは、驚異的な「61.7倍」に達していました。
この数値は、企業の収益力や成長性といったファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)から完全にかけ離れた異常値です。当時の株価は、合理的な利益予測ではなく、「日本の株価は下がらない」という根強い神話に支えられた、ただの投機的な熱狂によって維持されていたに過ぎません。

現代の市場分析:2024年の株高は何が違うのか
34年の時を経て最高値を更新した現代の日本市場は、このバブル期とは「全く異なる」経済環境と構造的な要因に支えられています。
第一に、マクロ経済のパラダイムが正反対です。 現代の日本経済は、数十年にわたるデフレから脱却し、2%〜3%台の持続的なインフレ環境へと移行しました。この変化を受け、日本銀行は長年のマイナス金利政策を解除し、金融政策を「緩和」から「正常化(引き締め)」の方向へと進めています。市場に過剰なお金が溢れていたバブル期とは真逆の状況です。
第二に、現在の株価上昇を牽引している要因が、極めて健全である点です。
1. 堅調な企業業績 歴史的な円安が輸出企業の収益を押し上げているだけでなく、長年にわたる事業の選択と集中により、日本企業の基礎的な「稼ぐ力」そのものが向上しています。
2. 決定的な「ガバナンス革命」 これが1990年との最大の違いかもしれません。東京証券取引所による「PBR1倍割れ企業」への改善要請などをきっかけに、日本企業の経営意識が劇的に変化しました。 かつては安定や従業員を最優先し、余った現金を溜め込むだけだった経営から、資本効率と株主へのリターンを重視するグローバル基準の経営へと移行したのです。その結果、企業は**過去最高水準の「自社株買い」や「増配」**を積極的に実施しており、これが株価を直接的に押し上げる強力な要因となっています。
3. 海外投資家の存在 このガバナンス改革と日本株の割安感に注目した海外投資家が、日本株を大幅に買い越しています。彼らの存在は、経営陣に対して「もっと株主価値を高めよ」という健全なプレッシャーとして機能しています。
では、現代の株価の「実力」はどうでしょうか。 日経平均株価が史上最高値を更新した2024年2月時点の予想PERは、「約16.5倍」でした。
この「16.5倍」という数値は、バブル期の「61.7倍」とは比較になりません。現在の堅調な企業収益や妥当な成長期待によって、十分に正当化される合理的で堅固な水準です。
現代市場特有のリスク要因:円高への転換
このように、現代の市場は34年前と比較して格段に健全な土台を持っていますが、もちろんリスクが全くないわけではありません。現在の株高を支える要因の一つである「円安基調」が「円高基調」へ転換した場合、複数のリスクが生じることが予想されます。
まず、輸出企業の採算が悪化し、好調だった業績見通しが下方修正されやすくなります。これは株価の直接的な下押し圧力となります。
また、海外投資家の動向にも注意が必要です。彼らが為替差損を避けるために「円買い・日本株売り」のポジションを取るようになると、市場全体の売り圧力が増し、株価の変動性(ボラティリティ)が急上昇する可能性があります。
さらに、企業収益が圧迫されることを通じて、ようやく上向き始めた賃上げや設備投資の活動にもブレーキがかかり、景気全体の鈍化を招く恐れもあります。
全体として、円高へのトレンド転換は、現在の日経平均にとって明確な調整圧力として作用しやすい局面であることは、十分に認識しておく必要があります。
結論:二つの頂は「似て非なるもの」
1990年の頂点が「過剰流動性(カネ余り)」と「土地神話」によって膨らんだ投機的な熱狂、すなわち「バブル」であったのに対し、現代の頂点は、「企業の実力(業績)」と「株主への意識改革(ガバナンス)」という、確かなファンダメンタルズに支えられています。
もちろん、先ほど述べた「円高」のような短期的なリスク要因は存在し、市場の調整はいつでも起こり得ます。しかし、その構造的な土台を見る限り、現在の日本市場は34年前とは全く異なる、より健全で持続的な成長軌道の上にあると言えるのではないでしょうか。
次回は図解でバブル期と現代を徹底比較しようと思います。
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